自宅で看取るということ。

【父の帰還】

去る三月十三日、父が他界しました。享年93歳の大往生でした。

おりしも衆議院が突然解散となった1月下旬高熱を出して父は入院しました。1月上旬にも誤嚥性肺炎で入院していたことを踏まえると、予後は厳しいだろうという予測はつきました。しかし、母にしてみれば「肺炎」は「風邪をこじらせたもの」という認識が強く、誤嚥性肺炎はそれとは異質のものであることは到底認識できていない様子で、入院すれば元気に退院してくるものと信じて疑わなかったようです。

誤嚥性肺炎で入院すると、平均して予後は1年程度。父のように短期間にぶり返してしまったということは、嚥下機能が著しく低下していることが予想され、さらには、治療期間中は絶飲食となるため、嚥下機能はさらに低下することを鑑みれば、父の肺炎が急性期を脱したとしても、再び飲食ができるようになることはかなり難しい状況でした。

口からものが食べられなくなれば、胃瘻を設置して胃に直接栄養を送り込むか、中心静脈から栄養を入れるかとなりますが、CVの場合は管理が難しいため、施設など管理体制がしっかり取れるところで以後の生活を送ることが条件となってきます。自宅で過ごすことを考えれば、胃瘻にするか、絶飲食を受け入れるかになります。

母がこれを理解して受け入れることがこんなに難しいのかと、今回思い知ることになりました。胃瘻を設置しても、結局は体が栄養を受け付けなくなっていれば、余命をさほど伸ばすことはできないこともあります。唾液を飲み込むことで、誤嚥性肺炎をまた引き起こしてしまうこともあります。兄も妹も自然に見送りたいという意志が強く、胃瘻には否定的でした。母も同様で、穏やかに過ごさせてあげたい、自宅に連れて帰って自宅で看取りたい、体に穴を開けたりはしたくないと明確に意思表示をしていたため、病院側には胃瘻はやらないこと、急性期を過ぎれば、退院して自宅で看取ることを早期から伝えることができました。

母は全てを理解して、この決断をしたのだろうと誰もが思いました。

でも。

穏やかに自然に、ということが意味するところを母は本当には理解していないことが、自宅での介護がスタートしてから露見してくるのでした。これは本当に大きな誤算でした。

それでも、病院側とはしっかりとした説明のための会議も開いていただき、地域包括医療センターのチームの皆様、ケアマネージャー、訪問看護の皆様にもご足労いただいて、父の状況、退院後に対する注意事項など事細かにご説明いただきました。自宅では、私と介護福祉士である娘が24時間体制で介護をすること、必要な福祉用具については事前に手配済みであることなどを説明し、体制は万全であることを確認したのでした。

2月25日父は自宅に戻りました。2月28日家族総勢17人が集まって父の誕生会を行いました。父は表情も柔らかで、楽しそうに笑顔で過ごしてくれました。生きている父と過ごす時間はもういくらも残されていないことを誰もが認識し、遠方からも孫たちが駆けつけて最後の時を過ごすことができたことは、本当に喜ばしいことでした。それが父と母の最後の望みでもありましたから。

【地域格差の壁】

私の故郷は、日本三景で名高い「松島」です。松尾芭蕉が言葉を失うほどの絶景だと称賛したほどに風光明媚な所。年間に300万人もの観光客が訪れる地域です。しかし人口の流出には歯止めがかからず、人口1万2千人ほどの小さな町になってしまいました。小さな町が故に、介護サービスは行き届かず、夜間の訪問介護などもありません。父が入院した のは隣の市、塩釜でしたが、この市立病院も市内であればある程度の介護や看護の体制を供与してくれるのだそうですが、松島は対象外とのことでした。過疎化する地域には高齢者が取り残されていくのに、そうした地域ほど介護サービスは行き届かない・・・。こうした矛盾が重くのしかかります。

また古い地域ですから、施設介護に対する強い偏見もあります。「あそこの家では施設なんかに入れている」というような言い回しがされてしまうのです。介護する側にとっても、される側にとっても負担のない心地よい生活を実現するのはとても難しいことでした。

【母の誤算】

自宅に戻ってからの父は、とても穏やかに自然な時間を過ごしていきます。すでに静脈からは点滴を入れることができなくなっていたため、皮下で点滴を入れることになり、一日に500mlほどの点滴がスタートしました。1日に数回喀痰吸引を実施し、体を清潔に保つことや、皮膚状態をよりよく保つためにできるだけの介護は行いました。訪れる看護師の方も、医師も、父の状態が非常に良いということを賞賛してくれていました。

それでも母は一日一日と時間がたつほどに「こんなはずではなかった」「あんたたちがいるから思うような介護ができない」「もう出て行ってくれ」などと言うようになっていくのです。

母からすれば。

退院するということは「元気になって」帰ってくるというイメージが強かったようでした。これまでも何度か入退院はありましたから、退院してくれば重湯から始めて柔らかいお粥を食べさせてあげられるようになるに違いない、歩行器を使って歩けるようになり、やがて訪れる春には田植えをし、夏には松島を華やかに彩る花火を楽しみ、秋には米の収穫を、冬には牡蠣の収穫をといつも通りの一年がやってくると信じて疑わなかったのでした。あと3年は生かしてやりたいのよと目を輝かせる母に、退院したら1週間から長くても2週間程度しかもたないと何度も説明してきた私の言葉は何一つ届いていないようでした。

また、幼い頃から自分が経験してきた「当たり前」から脱することができないというのも、大きな壁になりました。熱を出したら暖かくしてあげるべきだ(高齢者の場合は体温調節がうまくいかないので、発熱した場合は、掛け物を薄くするなどして体を冷やすことが第一とされる)無理してでも食べないと元気になれない(嚥下機能が低下している時には、むせこむなどした場合は食事を中止する方が健全。補完するための栄養補助食品も多数あるので、そうしたものを利用して少しずつ、無理のない範囲で摂取させる)というようなことです。自分の知っている「良いこと」が通じないことは、母を苛立たせてしまうのでした。

やがて皮下での点滴も入らなくなっていきました。500mlを落とすのに13時間もかかるようになり、落とした薬剤も背中側に回るだけで体には吸収されず、全体にむくみがひどくなっていきました。医師と相談し、点滴も中止することになりましたが、母は「ならばどうやって生きるのだ?水分も栄養も取らずにどうやって生きていくのだ?」と感情を泡立てます。父にとっては穏やかで苦しまない方法を選ぶことが、母にとっては一つ一つが死の宣告にしか聞こえず、頭では理解しても心が追いついていないようでした。

介護に自分も参加したいと言いながら、痩せ細っていく父の体を見るのは嫌で、顔以外の体に触れようとはしませんでしたし、どんなに止められていても隠れて水を飲ませたり何か食べさせようとしたりを繰り返します。その度に激しくむせこんだり、痰が急に増えて苦しんだりする姿を母は見ようとしません。そうした矛盾を抱えながら確実に最後の時は近づいてきます。

【私の後悔】

3年は一緒に生きていくのだと目を輝かせていた母も、日毎に状況を受け入れていくしかない様子でした。それは決して穏やかなものではなく、周囲にいる私たちに毒を吐き続けることで成り立っていたように思います。私と娘は夜中の3時に交代して、24時間で父を介護し続けました。家事も全て放棄してしまっている母に変わって、家事も全てこなしながらでした。その私たちに対して「お前たちはお父さんが死ぬのを待っているのだ」「年寄りだから早く死ねばいいと思っているのだ」「見放しているくせに専門家ぶって偉そうに」口汚ない言葉が終始浴びせられます。娘も疲れ切ってしまい「もう帰ろう」「もう嫌だ」と何度も泣きます。娘二人と私とで夜中に慰め合って涙を流すような毎日でした。眠れなくなって、排泄のコントロールもうまくいかなくなってきている母に安定剤と睡眠導入剤を処方してもらい、薬の力を借りて少し穏やかさを取り戻していきました。家で最後の時間を過ごしたいと熱望する父と母の願いを叶えることが、娘たちを深く傷つけ、苦しめてしまうことになるとは・・・。

【娘の意地】

私の長女は介護福祉士として現場で10年近くも経験を重ねてきている介護のプロ。今回の父の看取り介護に赴くにあたって、彼女は「最高の介護で、お祖父さんを見送ってあげたい」とついてきてくれました。父にとって家で過ごすというだけでも最高の最後の時だったと思いますが、娘はそこに色々な工夫を凝らしてくれました。私はそこにプロとしての矜持を感じました。体を清潔に保つだけでなく、クッションを使って安定した体制を作る、発熱しないようにまめに検温をして掛け物調整をする、端をこまめに取り除いてあげるといった「マイナスをゼロにする」ことはもちろんのこと、口の中が乾いてしまうので、口腔ケアは1日に何度も行い、父の身体の状況は皮膚状態も口の状態も医師や看護師が舌を巻いていました。加えて「お祖父さんが喜ぶことをしてあげたい」と食べられなくなった父のために、苺の汁をスポンジブラシに吸わせて、これを絞って口の中を拭いてあげるのでした。父は苺が大好物ですから、口の中に苺の爽やかでほんのり甘い香りが広がるのをとても嬉しそうに楽しむのでした。他の食べ物でも試してみましたが、苺を一番喜んでくれていました。香りが高い果物はこうして楽しんでもらえます。苦しみを取り除くだけでなく楽しみを加えてあげられる「プラスの介護」をする娘の覚悟に深く感謝する毎日でした。

【父の覚悟】

周りのそんなドタバタをよそに、父は日毎に生気を失っていきながらも穏やかに過ごしていきました。苦しむ様子もなく、体の状態も良かったこともありますが、父の覚悟を私は感じていました。3月11日の夜半にはバイタルもかなり低下し、いつ呼吸が止まってもおかしくない様子となり、私は兄弟を呼び寄せて、皆で枕元を囲みました。そこから13日の11時半に呼吸が止まるまで、父は7回も呼吸が止まりましたがまた復活していきました。心臓がとても強い人だったのです。脈が弱くなり呼吸が浅くなっても、私たち兄弟や孫たちや母が皆で集まって声がけをすると再び脈が強くなり、止まりかけた呼吸も復活していくのです。その度に残される私たちは少しずつ心の準備が出来ていったのでした。13日の朝、父は多量の便を出しました。1週間前に排便が見られてからはなかったので、お腹の中にあるものを全部出し切ったのかなと思いました。8回目に呼吸が止まった時には戻ることはもうありませんでした。11時半に呼吸が止まったことを訪問看護センターに連絡し、すぐに来訪した看護師が呼吸停止を確認し、医師が死亡宣告をしたのが12時4分。看護師とともにエンゼルケアを行なったのですが、朝排便を済ませていた父は綺麗な状態でその時を迎えることができていました。「本当に始末の良い方ですね」と看護師が驚いていましたが、表情は穏やかで笑顔を浮かべてさえいましたし、体も綺麗で、自宅に戻ってからの17日間の間に、自分の旅立ちのために覚悟を持って時間を過ごしていたのだと思います。その姿は尊厳を保って死ぬことの美しさを私に教えてくれました。

【自宅で看取るということ】

最後の時間を家で過ごせる人は一握りだと、病院のスタッフが話していました。最初は誰もがそれを望むけれど、土壇場になってやはり療養型の病院や受け入れてくれる施設にとなることがほとんどなのだそうです。介護の体制を作るのが難しい、死んでいく身内を看取る覚悟ができない、いざとなったらどうしていいかわからないからなどの理由で、やはり自宅以外で息を引き取るまでの時間を過ごすことを選ぶのだそうです。

私たち家族が選んだ「自宅で看取る」ということは、私の想像を遥かに超えて大変なことでした。介護の体制を整えることや、死を迎える準備については何も不安はありませんでした。難しかったのは死を残される人たちがしっかりと受け入れていくことでした。理解することと受け入れることには大きなギャップがあります。病状を説明されて、予後を説明されて、経過を説明されて、どんなに詳細にいろいろなことを説明されても、心がそれを受け入れることとは全くの別物でした。介護現場にいる人にとっては「当たり前のこと」が目の前で死を迎える人を看取る家族にとっては異質なものだったのです。受け入れ難いことだったのです。施設で亡くなる場合にはこうした心の葛藤を避けられるのだなあということも学びました。

自宅で看取ることは、とても美しく、とても優しく、とても温かい。同時にとても残酷で厳しい。

どんな死に様を迎えるかは、どんな生き方をしてきたかにかかっていると、今回の父の死を通じて痛感しました。父は穏やかで物静かな人でしたから、その死に様もとても穏やかで静かなものでした。父をそんなふうに見送ってあげたいと家族の誰もが望んだのは、父が家族にたくさんの愛情をかけてきたからなのでしょう。私や娘たちが苦しいと思いながらも看取り介護を続けられたのは、父に穏やかな最後を迎えさせてあげたいという一心だけでしたから。

妹の舅がこれから同じような経過を辿りそうです。妹は今回の父の看取りで多くのことを学べたと言っていました。妹の夫も何度も家に来て、私たちの介護の様子を見て、用具を揃えたり、使い方を学んだりしておられました。その上で、やはり自宅で看取ってあげたいのだと話していました。間近で看取りを体験できたことは妹夫婦にとって貴重な時間だったようです。

介護の体制を整えること、地域医療との連携を図ることはもちろん、家族の気持ちを整えていくことが自宅で看取ることの最大の課題です。事実を理解することではなく、心で納得すること。医療機関従事者の皆さんもこれにとても苦労なさっておられるとか。亡くなっていく方にとって望む最期を叶えることを一番に考えられた今回の看取りは、最終的には皆にとって満足度の高いものになったように思います。私にとっても学びの多い時間でした。

お父さん、ありがとうございました。天国で穏やかな日々を過ごしてください。合掌

無邪気な善意と無意識の差別

人生3回目のヘアドネーションしました。

同時に、矛盾するこの活動について考えてみました。

先日やっと31センチ以上が切れる状態になったので、ヘアドネーションしました。2年半から3年ぐらいかけて伸ばす必要があります。寄付する前提で髪を伸ばすので、ヘアカラーもパーマもかけず、なるべく髪質の良い状態で伸ばすよう心掛けはしましたが、もともと髪の毛が伸びるのも早いので、苦労したとか大変だったなどという思いは微塵もありませんでした(笑)

ヘアドネーションとは?

ヘアドネーションは、小児がんや白血病などの病気、不慮の事故等で髪の毛を失った子どもたちに対し、医療用ウィッグを無償で提供する活動のこと。ヘアドネーションを主催する団体へ届けられた髪の毛は、長さや髪色ごとに分けられ、海外にある専門の工場へ送られ、医療用ウィッグの素材へと生まれ変わるそうです。私の娘も一時脱毛症になり、ウィッグが手放せませんでした。質の高いウィッグは価格も高いので、なかなか手が出ず、娘に申し訳ないと思ったこともありました。その経験もあったので、自分の髪の毛を提供することで、誰かのためになればいいと続けてきました。

ヘアドネーションは単なる「善意」か?

 前回までは、美容室が切った髪を送付してくれたのですが、今回は自分で送付してほしいと言われました。髪の毛を受け取った美容室の中には、ヘアドネーションの団体に送らずに破棄してしまったり、売ってしまったりする事例があったため、直接送付するよう団体が方針を変えたのだそうです。私が送付したのは、JHD&C(ジャーダック)です。2009年に日本で初めてヘアドネーション活動を始めたNPO法人です。送付先を確認しているうちに、ジャーダック代表理事の渡辺さんの記事を発見してちょっと考え込んでしまいました。

 渡辺さんによれば、もともとかわいそうな子どもたちにかつらをプレゼントしようということから活動が始まったわけではなく、大量に髪を切って捨てる美容師という仕事の中で、髪の毛をアップサイクルできないかということが出発点だったのだそう。そして活動を通じて、ヘアドネーションという行為が善意と言われるが、実は髪の毛のあるマジョリティが髪の毛のないマイノリティに対して、押し付けてしまっているのではないかと思ったのだそう。だから本当は髪の毛があってもなくてもそこに生きづらさを感じることのない社会になっていけばいいと思うと。「髪の毛のない人は変」という無意識の差別がなくなっていけばいいとおっしゃっておられました。

髪の毛のない女の子は、変?

 うちの娘も、脱毛症で悩んでいた時期はウィッグが手放せませんでしたが、手入れは大変だし、蒸れたり、学校活動の中では水泳や体育などで気を遣うことも多かったようです。家では丸刈りのままで過ごしていましたが、家族は誰も違和感を抱きませんでした。娘の頭のかたちがきれいだったので、シガニーウィーバーみたいでかっこいいと本当に思っていましたし、娘にもかっこいいと伝えていました。それでも学校に行くとき、外出するときは丸坊主のままでは恥ずかしかったのだろうと思います。
 渡辺さんは「髪の毛を寄付してもらい、ウィッグを作って渡す活動そのものが、「ウィッグっていいでしょう?髪の毛があることは素晴らしいですよね」という、髪の毛に問題を持たない人たちを中心に作られた社会構造の中に、たまたま髪の毛がない人たちを押し込めてしまう側面が否めないのではないかとずっと悩んできました。ウィッグを渡せば渡すほど、「長い髪の毛って美しいでしょう?女性らしいでしょう?」という考えを、暗黙に強要してきたと言われても仕方がない側面がある、と。一方で、脱毛の症状によって「地獄のどん底」にいたけれど、ウィッグによって社会に馴染んで生活していこうと前を向いた人もいます。だから必要なのは「選択肢」なんです、と渡辺さんは語っておられますが、その通りだと膝を打ってしまいました。

無意識の差別をできるだけなくし、選択肢を増やす

 無意識の差別はとてもたちが悪くて、差別だと感じることが難しいので、なくしていくことも難しい。差別だと意識するところから始めなければならないからです。それでも渡辺さんの発信によって、私自身の中にある無意識の差別に気が付けたことは大きな学びでした。その上で、ヘアドネーションはできるだけ続けようとも思います。今私のできることが誰かの選択肢を広げることになるのであれば、それは無駄な行為ではないと思うのです。

ただ同時にウィッグの提供のために髪の毛を寄付する行為が、実は無意識の差別を助長することにもなりかねないということも、しっかりと意識したいと思います。無意識の差別に押しつぶされそうになる個性を受け止めて、認めて、つぶされないように、選択肢を増やせるように、手を差し伸べられるような心を持ちたいと思いました。

急拡大するすきまバイト市場。課題は?

好きな時間に好きなだけ働くことができる「スキマバイト」の登録者?数が急増し、延べ2500万人を超えたそうです。労働力が確保できない企業と、少しでも時間をお金に換えたい労働者のニーズにマッチしたために大きく伸びているのですね。

すきまバイトの問題点に、一人の労働者が労働基準法の枠組みを超えて労働することを把握できないということがあります。本来であれば割増賃金の対象となる労働でも、割増賃金を請求していないことがほとんどです。ある企業でフルタイムで働いている人がすきまバイトをした場合のように、実際に「一日8時間以上」「週40時間以上」働いている人がいた場合、違反の責任を負うのは誰なのでしょうか。この場合は「副業として働いている事実を知りながら、他社の勤怠状況を確認せずに雇用した会社」となります。サービス提供者(アプリの会社)に直接責任を問うことはできません。

また、利用する企業側はすきまバイトに依存し、通常の採用を控えてしまうということも起きています。すきまバイトは社会保険の対象ともならないため、手軽に利用できる分、依存の度合いが高くなりがちなようです。本来労災の保険料は年間の総賃金に対して計算されますが、すきまバイトの分を計上せずに保険料を算出してしまい、後日追徴の対象となってしまうこともあります。利用する企業側はこうしたリスクや見落としがちな点をしっかりと把握しておかなければなりません。

他方、すきまバイトで働く労働者は、日々雇用される労働者となりますが、実は同一の企業で何か月も働き続けた場合、通常の雇用と同様に解雇予告などの適用となる場合もあります。すきまバイトで働く多くの労働者はこうしたことを知らずに働いているのではないでしょうか。先の例のように1日八時間、週40時間を超えての労働の場合は割増賃金の対象になることも、知らない方がほとんどです。

また、すきまバイトは、例えば通常の労働市場ではなかなか仕事が見つけられない中高年でも仕事を見つけることができるとあって、若い世代だけでなく中高年の利用も多いです。中にはすきまバイトだけで生計を維持している方も。しかし、すきまバイトのサービス提供業者は、理由を明示せずに一方的にサービスの提供を打ち切ることができてしまいます。すきまバイトのサービス提供を受けられなくなれば、それで生計を立てている人にとっては死活問題ですが、どこにも文句を言えません。サービス提供者は労働者に対し、サービス提供者は利用停止の予告も、利用停止理由の明示も必要ありません。サービス提供者と労働者は雇用関係にはないため、解雇予告や解雇理由の明示に該当するような事項はありません。また、企業側は、実際に働いた人をブロックという形で排除することができますが、理由の明示などは必要ありません。「なんとなくうちには合わない」などのあいまいな理由でもブロックができてしまいます。ブロックされた側はその理由を知ることもできません。これは労働者側にとってはとても不合理だと私は思います。そしてそうしたことに対して苦情を申し立てることすらできないのが現状です。

ワークシェアを可能にし、労働の流動性を高めていることは、必ずしも否定すべきことではありませんが、それにより押しつぶされ、踏みつけられる労働者をどう保護するのか、利用する企業とサービス提供者にどのような責任を配分するのかを考えるべきでしょう。

すきまバイトで働く労働者は、いろいろな職場を体験するため、実は企業の不正やおかしなところを見つける良き「カナリア」になる可能性もあります。しかし現状のすきまバイトの制度では、内部告発の保護対象にはならないため、声を上げることが難しいという側面もあります。通報や内部告発によってすきまバイトで働く労働者に不利益をもたらさないしくみづくりも検討すべきでしょう。

新しい働き方だからこそ、そのために苦しむ人がでないよう、考えていきたいです。

まずはすきまバイトに関するホットラインを設定し、今現場で何が問題となっているのかを吸い上げ、同時に利用する企業側の実態の把握も必要でしょう。サービス提供企業の責任については、企業側からのブロック依頼に対して、正当性の調査や労働者への開示、サービス打ち切りの際に解雇と同様の制限を設けるべきだと私は思います。

あなたの「?」は社会を変えるかもしれない。

「個人的なことは政治的なこと」(The personal is political)は、1960年代後半から70年代にかけてのアメリカのフェミニズム運動で用いられた言葉です。私やあなたの経験や問題が、より大きな社会構造や政治的な力と実は深くかかわっているかも?ということ。人々が生きづらさを感じたり、虐げられていると感じたり、つらかったりしんどかったりするその根っこには、社会的な抑圧や不平が潜んでいるかもしれません。そして個人の責任だと切り捨てず、政治的に課題をクリアにし、解決することで、社会が少し変わるかもしれません。

少なくとも私は、声に耳を傾けることから逃げずにいたいと思います。そしてそこから社会課題を見出し、解決策を模索することに愚直に取り組みたいのです。なぜなら、私が本当にしんどさを抱えていた時、差し伸べてくれる手も、傾けてくれる耳もなく、孤独にあえぎ、自分を責め続けた過去があるから。一筋の光すら見いだせなかった時があったから。

だから、聞かせてください。あなたの声を。

スーパーシティに前進!
テクノロジーで生活を、街を、便利にしちゃおう♡

スーパーシティに名乗りを上げた複数の自治体のうち、昨年3月に内閣府からスーパーシティとして認定されたのが大阪府・大阪市とつくば市。私はポテンシャルがあって、新しいことへの許容力も高い神奈川県こそが、スーパーシティとして認定され、プチ独立国のように新たな発展を遂げる端緒につくべきだと思います。

スーパーシティ構想とは?

そもそもスーパーシティとは、AIやビックデータを活用し、第四次産業革命を体現する世界最先端都市の創生を目指して内閣府が基本コンセプトの取りまとめている構想です。
内閣府は、①「複数領域にまたがる社会『未来像』の先行実現」②「欧州モデルをもとにした住民参画型都市の創生」③「地方自治体首長のコミット力強化」④「最先端テクノロジーを実装可能な企業との協力体制構築」という4つの構想を挙げています。
1.の複数領域に関しては、さらに10の領域を挙げていて、
移動・・・ヒトの自動輸送、IoT・データ活用による交通量・駐車管理など
物流・・・自動配送・ドローン配達による人材不足解消など
支払い・・・電子マネー・クレジットカードによるキャッシュレス決済の普及、魅力的なポイント還元制度の拡充など
行政・・・ワンストップ窓口・ワンスオンリー(情報の再提出不要)・ペーパーレスによる、各手続きの効率化など。
医療&介護・・・ITを活用した遠隔診療、介護補助ロボットの実装、医療・介護ノウハウのAI分析・見える化による効率的な人材育成、ラストワンマイルの医薬品ドローン配達など。
教育・・・オンライン教育による人材育成、パーソナルな行政データの活用など。
エネルギー・・・スマートシステムを活用した、上下水・電力・通信インフラの最適管理など。
環境・ゴミ・・・スマートシステムを活用した、リサイクルの一括管理によるCO²削減、資源保護の徹底など。
防災&緊急・・・デジタルマップを活用した防災システムの構築、緊急時の自立エネルギー供給、自動運転救護車両・作業ロボットの実装など。
防犯&安全・・・巡回ロボット、遠隔監視など。
というもの。どの領域でも技術的には実装可能なものになっていますが、これらをまとめて一つの先端都市としてまとめていくということが求められるわけです。

私たち住民が直接行政につながる!

スーパーシティでは、私たち住民が参加して街づくりが進むということも重要視されています。知らないところで、既得権益を手放したくない人たちによって捻じ曲げられてしまう行政にNO!を突き付け、私たちのことを私たちで決めるという「当たり前」のことをちゃんとやれるように、システムづくりをしようということです。個人情報のこともあり、なかなか一足飛びにはいかないものの、つくば市ではインターネット投票も可能にしたいと言っており、選挙だけでなく、重要なことは即座に直接住民が賛成反対を投じられるようになるかもしれません。

知事、市長が本当のリーダーとなれるか?

ここが一番の難関なのかもしれないと私は思っているのですが、スーパーシティの実現には首長の強いリーダーシップが必要になります。取り扱い領域も広く、そこにつながるデータは膨大で、ステークホルダーも多岐にわたり、住民の多様な価値観に対応し、未来都市へと進めていくのですから「前へ」という強い意志とたおやかな精神力がなければならないでしょう。内閣府はそれゆえ、首長の強いコミットを求めています。

民間活用がカギを握る

内閣府は、行政だけではこれが実現できていくとは到底思っておらず、民間の持てる力を複合的にまとめ上げ、協力体制を築いていくことも同時に求めています。神奈川県には日産自動車という世界に冠する自動車会社があり、デジタルの雄富士通があります。導体製造装置や5G関連設備、クラウドサービスといった電子デバイス・DXサービスを扱うマクニカ・富士エレ ホールディングス、健康をつかさどるココカラファインもありますし、金属加工で世界的評価が高いアマダもあります。この神奈川の企業の皆様のお力添えをいただいていけば、新しい未来都市へと突き進んでいくことができるはずです。

スーパーシティで私たちの暮らしはどうなる?

では、スーパーシティになると私たちの日常はどんなふうになるのでしょうか?
(ここからはかなりのところ私の妄想ですが・・・)
朝めんどくさいな~の第一位はゴミ出し。スーパーシティではごみは自動収集になるので、いつゴミ出ししてもOK。自宅のダクトにポンと放り込むだけです。自動運転のタクシーをアプリで呼べば、どこに行くのも楽ちんですし、過疎化が進む地域でも買い物も病院もスムーズに移動できます。防犯カメラの連携が進んでいるので、子どもたちの登下校も女性の一人歩きも安心。
学校では海外とつないで異文化を学んだり、語学もネイティブとの会話から学ぶことができます。家のトイレが健康診断を毎日してくれるので、異常があれば教えてくれますし、病院ともオンラインですぐにつながり、必要に応じて医師や看護師が訪問してくれます。
住民票や印鑑証明書の取得など行政サービスは、オンラインでできてしまうので、長い列に並ぶことも、長時間待たされることもありません。
交通渋滞も死語になりました。交通をモニタリングし、適切な誘導が可能になったからです。宅配にはドローンが活躍し高層階の部屋まで重いものでもかさばるものでも運んできてくれます。地震や災害が起きると、住民にはいろいろなデバイスを通じて告知され、個人の状況におうじた避難誘導がなされます。動けない方や介助が必要な方にも素早く必要な支援が届けられます。

こんな街は、もう夢の話ではありません。神奈川県が本気でやる!と決めて動き出せば、そう遠くない未来に実現できます。

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性同意って何?
意外と知らない「身を守る」術

日本の法務省の法制審議会(法相の諮問機関)は今年(2023年)2月17日、性的行為について自分で意思決定ができるとみなす「性交同意年齢」を13歳から16歳に引き上げることなどを盛り込んだ、刑法の性犯罪規定改正の要綱を斎藤健法相に答申しました。

と、聞いても、なんじゃそれ?と思う方が多いのではないでしょうか。

子どもたちの「身を守る」法改正

日本の「性交同意年齢13歳」は明治時代から変わらず、先進国の中で最も低い同意年齢です。ドイツやイタリアでは14歳、ギリシャやフランスでは15歳、イギリスやアメリカの多くの州では16歳。

改正により、16歳未満への行為は同意の有無にかかわらず処罰対象となるが、13~15歳の場合は、加害者が5歳以上年上のケースを処罰対象とする。

つまり、16歳未満の女性と性行為を行った場合は、「相手が同意した」と言い張っても罰せられます。性行為そのものが自分の体に与える影響を理解していない状態で性行為を大人から強要され、それを同意だったとされた場合、今までは12歳までの子ども以外守ってあげられなかったのですが、この年齢が引きあげられることで、15歳までの子どもは例外なく守られることになりました。

13歳から15歳については、相手が5歳以上年上の場合処罰の対象となるということは、学校の同級生同士で恋愛して性行為に至っても、直ちに処罰の対象とはならないということ。16歳にならなければ性行為をしてはいけない、という趣旨ではありません。

レイプに対して寛容な国、日本

これまで日本の裁判所は、レイプに対しては非常に「寛容」な判断をしてきました。前例主義の悪しき事例だと私は思いますが、酩酊状態の女性をレイプした男性が「合意のもとだった」と主張して無罪になったり、10代の実の娘をレイプした父親に無罪判決が出たり。これらの事例で無罪になったのは「明確に拒否しなかった」という理由でした。実の娘をレイプした事案はのちに検察が控訴し、逆転勝利によって父親は実刑判決を受けていますが、レイプ特に近親者によるものは、事件として発覚すること自体がとても難しいものです。日本は諸外国に比べレイプの発生件数が少ないのですが、実際には犯罪として顕在化するものの20倍は存在するといわれています。とりわけ加害者が親族の場合、世間体を気にして事件化しないケースがほとんどではないかと思われます。しかも、被害にあった子どもが「自分は性行為をされたのだ」「それは本来子どもがされるべきものではなかったんだ」と気が付くのは大人になってからのことも多く、時効になって提訴できないということもあります。

子どもが性被害にあった場合、明確に拒否をするということそのものが難しいのですが、性同意年齢が引き上げられることで、明確な拒否がなくても、性行為に対して処罰ができるようになりました。

性的虐待をなくしたい

性同意年齢の引き上げで、処罰がしやすくなったとしても、本来は性的虐待にあわないことのほうが重要です。そしてもしも被害にあってしまったら、心のケアをいち早く行っていくことも大切です。しかし、特に家庭内における性的虐待を見つけるのはとても難しく、平成29年の神奈川県の調査によれば、性的加害者のトップは実の父親(61%)。世間体や家計の経済などを考え、事件化させずに葬られることは実際に見えてくる数字よりもずっと多いことは想像に難くありません。

こうした被害を食い止めるには、啓蒙活動や学校との連携が必要不可欠です。かといって神奈川県が今行っているようなパンフレットの配布ぐらいでは実効性はありません。

大阪にあるNPO法人「SACHIKO」では、年齢や内容に限定を設けず、広く女性の性暴力被害の相談にのっています。警察や地域医療とも連携してワンストップで対応できる仕組みづくりがなされています。40代になって初めて子どもの頃の性的虐待のことを口にすることができたと電話口で号泣する方もいらっしゃるそうです。

神奈川の子どもたちを救うあらたな試み

神奈川県は、平成29年までは性的虐待に対する実態調査を行っていました。その内容は想像を超えるおぞましい結果です。性的虐待が人生に大きな影を落とすことは言うまでもなく、幼いころに受けた性的虐待の影響は死ぬまで付きまといます。実態調査が続かなくなってしまって、どうした!?神奈川((+_+))と思っていたところ、クラウドファンディングで子どもの司法面接の場を病院に設置し、ワンストップで子どもたちを守るという新しい試みがスタート。

神奈川県立こども医療センターに司法面接室 きみの負担軽くしたい 虐待被害など聞き取り 1カ所で診察と心のケアも:東京新聞 TOKYO Web

神奈川県立こども医療センターの中に、NPO法人「子ども支援センターつなぐ」によって設置されたもので、小児病院内に設置されるのは全国でも初めてのケースなのだそう。

性同意年齢が引き上げられる、明治以来の大改正をさらに実効性のあるものにするためにも、性被害に対し積極的に支援策を講じていくこと。私が力を尽くしたい政策の一つです。

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日本から年齢差別を無くしたい!

日本に定年制度ができたのはなんと8世紀!養老律令にその記載があるそうです。

「70歳になったら官職を辞すべし」というのがその内容です。近代の定年退職制度は1887年に定められた東京砲兵工廠の職工規定で、55才定年制でした。 民間企業では、1902年に定められた日本郵船の社員休職規則で、こちらも55才定年制でした。当時の日本人の平均寿命は43歳ですから、文字通り「終身雇用」だったわけです。

今の制度は「なんちゃって終身雇用」だ

2023年現在、日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超え、女性は90歳に届こうとしている。そんな中で定年が60歳ということは「終身雇用」ではなく、企業にとっては年齢を理由に堂々と首を切れるありがたい制度でしかないと思います。

定年制度があるのは日本ぐらいのもので、何歳で仕事からリタイアするかは個人が決めるるのが世界の常識です。

年齢が高くなっても働く人が増加

厚生労働省の調査によると、年代別常用労働者数 対象企業全体の常用労働者総数(約3,480万人)のうち、60歳以上の常用労働者は約470万人。 13.5%(0.3ポイント上昇)を占めています。約7.5人に一人は60歳以上ということになります。

 年代別では、60~64歳が約254万人、65~69歳が約128万人、70歳以上が約88万人。今の日本では60代以上も貴重な労働力になっているわけで、年齢を理由に解雇できる今の定年制度は、年齢差別でしかないと私は思います。

再雇用という名の罠

多くの企業は、60歳で定年退職をさせた後に、再雇用制度でもう一度雇用を継続しているところが多いです。再雇用になると、給与はそれまでと比べると大幅にカットになってしまうことがほとんど。半分とか3分の1になってしまう人もいます。

では、仕事の中身や求められるアウトプットが半分でいいとなるか?といえば、答えはNO.これまでと同じ仕事を同じ品質でやってほしいけど給料は減らすよ!というのが「再雇用制度」。59歳と60歳で何も変わらないのに、給料が減らされ、身分が1年ごとの契約社員みたいになっちゃうのは、果たして持続可能性の高い社会といえるのでしょうか?

定年後にも学費負担は続く・・・・

晩婚化が進む日本では、定年までに子どもが大学を卒業しないケースが激増中です。40歳で子どもを持てば、60歳の時には大学2年生。年間100万円を超える学費を、これまでの半分の給料で負担しなければなりません。45歳で子どもを持てば、定年のときにはまだ高校生です。奨学金を借りてもらうと、子どもは社会に出てからも返済義務を負ってしまう。教育のコストを国民に押し付けて、「なんちゃって終身雇用」の中で何とか切り盛りさせてきた構図がなりたたなくなってきたわけです。

雇用制度の見直しと教育の無償化をセットで

定年や職制定年のような、年齢で一律に労働者を切り分けてしまう制度はできるだけ早く無くすべき。いくつになってもチャレンジできる社会でなくては、生きる先に希望を見出せません。また、行政側で教育費用を負担する教育の無償化を推進していかなければ、安心して働き続けることができません。神奈川が日本のリーダーとなって、年齢差別撤廃に向けてのかじ取りをしたいと思います。何歳であっても、何歳になっても、生きたいように生きられる社会に、少しでも近づくために。

ちなみに大阪では高校は私立でも無償です。2020年4月からスタートした大学の無償化は、実は所得制限があり、基本的には住民税が非課税の方が対象になります。所得制限をつけてしまうと、働けるのに働かないほうが得、という状況を生み出し、サラリーマンのように源泉徴収されてしまう人にとっては不利、ということも起きます。所得制限なしの教育無償化を実現すべきと私は思います。

そんなの、お金持ちに有利じゃないか!という声があがりそうですが、所得制限をつけるデメリットは

・審査という権利を生み出してしまう。不正が起きる土壌になります。

・審査をする事務手数料がかかり、行政コストが上がります

・年度の途中で事情が変わること(仕事がなくなった、病気をして働けなくなったなど)に対応しにくく、収入がなくなっているのに、所得額に反映されるのは次年度という恐ろしい時差が生じてしまう

所得制限という形式ではなく、所得が多い人に対する課税の在り方を見直すほうがよほど効率的です。

年齢への偏見を無くす。簡単ではないけれど。

「若い人であれば、積極的で新しい発想があり、年齢が高い人は古くて凝り固まっている。」

これって、年齢によるバイアス・偏見です。若くても保守的な人はいるし、年齢が高くてもアグレッシブな人もいる。人を「個」として尊重すれば、その人が今の段階でどうなのか?偏見なくみられるはずなのです。しかし日本は年長者を敬うという文化的な背景もあり、年齢を測りに人と接するという年齢バイアスがなかなか消せないだろうとも思います。それでも超高齢化社会で生き抜いていくために、生涯幸せでいられるためにも、制度改革にしり込みしていてはいけないと私は思います。

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日本から年齢差別を無くしたい

3月8日は国際女性デー
~#EmbraceEquity 公平性を大切にしよう~

3月8日は国際女性デーです。国際女性デーとは、「女性の権利運動を称え、社会参加や地位向上を訴える日」で、グローバルで展開されています。今年は#EmbraceEquity(公平性)がテーマ。

公平性を語るときによく用いられるのがこのイラスト。

平等(Equality)は、同じものを渡すこと、公平(Equity)は同じ結果を提供できるようにすること。平等と公平は同じような言葉に聞こえますが、実際に状況から考えると大きな違いがあることがわかります。

女性が活躍するための公平性とは?

女性の雇用拡大の第一歩は1985年に制定された「男女雇用機会均等法」でした。男女を「平等に」採用しなさいね、という法律です。私はこの雇均法の第一世代なのですが「平等性」をうたったこの法律で、女性の活躍の場は広がったのか?といえば、答えはNOでした。平等ではあっても公平ではなかったから、です。雇均法の第一世代の私たちは、確かに採用や昇進で男女差別はされないようになりました。しかし、結婚しても家事は「女の仕事」とされ、子どもを産んでも育休の整備が追い付かず、男性と同じに昇進するには、結婚もあきらめ、結婚したとしても子どもをあきらめなければ、男性と同様の昇進は手に入らないものでした。当時同期で一番最初に課長職に昇進した女子は未婚でしたし、結婚出産して一番最初に昇進した子は、朝眠っている子どもをそのまま託児所に預け、深夜に時間外保育から眠ってしまった子どもを連れ帰るという生活を余儀なくされていました。保育所も深夜でも預かってくれる民間の託児所を利用する以外に選択肢はありませんでした。「平等」がもたらしたものは、女性へのさらなる負荷でしかなかったのです。

電車の中で座り込んで授乳

私も子ども4人を生みそだて、キャリアを続けてきた一人です。長女のときは保育園にも入れられず、電車で認可外の託児所に預けに行っていました。当時はベビーカーは「危ないから」かならず畳んで電車に乗らなければならなかったし、席を譲ってもらうことなど皆無でした。片手でベビーカーを畳み、ベビーカーと子どもを抱えて電車に乗り、吊革につかまってと大変だったなあと思います。それよりも大変だったのは、子どもが泣き出したとき。0歳の赤ちゃんが泣き出しすと、周囲からは白い目で見られ、あからさまに「なんで通勤電車に赤ん坊乗せてるんだ!」と言われ、「しつけが悪い!」と怒鳴られもしました。人身事故で電車がストップしてしまったときは、仕方なく電車の床に座って授乳したこともあります。その時、近くにいた女性から「みっともない」と唾棄されたのも忘れられません。

女子は頑張った!でもまだまだ・・・

そうした中で、少しずつ家事分担が進み、育児休業制度が整備され、保育所が増え、女性は自分たちの権利を少しずつ広げてきたように思います。まだまだ不十分ですし、進みは遅く、世界のジェンダー指数でもいまだに146か国中116位。およそ世界標準には程遠い状況ですが、それでも着実に私たちを取り巻く環境は改善されてきました。なぜ日本の環境整備がこうも遅いのでしょうか? そもそも男性にとって有利に働くように設計されてきた社会システムを崩していくのは、容易なことではなく、さらに日本人に染みついている思想、文化が女性活躍の道を阻んでいることは言うまでもありません。女性の管理職や、女性政治家を増やすために、一定期間「割付」をするという試みがありますが、これにも強い反対があります。

クオータ(割付)ってどうなのだろう?

一定の割合を女性に割り付けることが、クオータ制と呼ばれるものです。3割の管理職は女性にしよう、政治家の3割は女性にしよう、というものですね。平成30年5月23日に「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」(平成30年法律第28号)が公布・施行されました。 この法律は、衆議院、参議院及び地方議会の選挙において、男女の候補者の数ができる限り均等となることを目指すことなどを基本原則とし、国・地方公共団体の責務や、政党等が所属する男女のそれぞれの公職の候補者の数について目標を定める等、自主的に取り組むよう努めることなどを定めています。 でも、女性政治家の数は全然増えません。この法律に罰則がないこと、努力目標にしかなっていないことも問題です。

優秀な女性は少ない!?

クオータ制の導入について、ある自民党の人気のある代議士に質問したことがあります。すると「優秀な女性が政治の場に出てきてくれることはありがたいが、数を決めるのはいかがなものか。」という答えが返ってきました。「一定の割合を決めてしまうと、優秀ではない方も選ばなくてはならなくなりますから」と。この世の中には半数は男性、半数は女性です。3割を女性に割り付けようとしたときに「優秀ではない女性」を選ばざるを得ない、ということは、優秀な女性は優秀な男性に比べ数的に多くない、ということになります。のこる7割に入ってくる男性のほうが「優秀」で、3割ですら女性には荷が重いということが滲む回答でした。

管理職でも政治家でも、女性の数は圧倒的に少ないです。ですから、ロールモデルとなるような存在も少ない。「女性は優秀とかいうけど、女性政治家でこの人は!というひとはいないじゃないか」という声もよく耳にしますが、国会議員では1割しか女性がいません。絶対数が少ないことそのものを改善するしか、ロールモデルを作ることも、光る存在を見出すことも難しいのです。

平等ではなく公平を

だからこそ、公平性を担保されなければならない。女性の割付の議論も、平等性に欠けるとの指摘を受けますが、公平性の観点からは必要な時限的是正措置だと思います。女子だから優遇されるとすればそれはExcessive(過剰)ですが、少なくとも現状から男女が本来的な意味で平等性を獲得するまでは、ある程度の割付は必要です。

そしていつか、女性だから男性だからといちいち言わなくても済む世の中になってほしいと心から願います。

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すべての子供に温かい居場所を

~神奈川の里親問題を考える~

いろいろな事情があって、子どもを自分の手で育てられない親御さんがいらっしゃいます。愛される経験がないままに施設で子ども時代を過ごさなければならない人もいます。

里親の下で暮らす子どもはわずか2割!

里親制度は、そんな居場所のない子どもたちのための制度でもあります。

ところが、厚生労働省の発表によれば、実の親の元で暮らせない子どもたちの8割近く(78.4%)が施設で暮らしており、里親に育てられている子どもはわずか2割しかいません。例えばカナダでは里親率は85%程度で推移しているのに比べると、日本では里親率がとても低いことがわかります。国内でも新潟では6割が里親の下で暮らしており、全国平均からすれば群を抜いているのです。

神奈川の委託率はほぼ全国平均並み

神奈川では、3歳未満の里親委託率が34.2%、3歳以上就学前までが59.2%、それ以降が13.8%で、全体では24%の委託率になっています。少子化が進み、出生人数も激減する中、実は施設で暮らす子どもたちの数は年々増加しています。児童相談所における虐待相談対応件数は増加傾向にあり一時保護される子どもの数が増加傾向なのです。

神奈川では、令和11年までに里親委託率を全体で4割まで上げていくという目標を掲げていますが、本来であれば、施設ではなく自分だけを見てくれる人がいる家庭ですべての子どもたちが暮らせることを目指すべきではないかと私は思います。

あかし里親100%プロジェクトとは?

子育て政策では群を抜いている明石市では、あかし里親100%プロジェクトと銘打ってすべての小学校学区に里親を創ること、里親に対するきめの細かいフォローを実施すること、里親の皆さんが活躍できる社会の場づくりなどを推進しています。そして、長期の里親だけではなく、ショートステイ里親(日頃は家庭で暮らす子どもを、親が病気や出産のときに一時的に預かる制度)や、ボランティア里親(施設で暮らす子どもたちで、親族や親との面会が少ない子どもを月に1~2回預かる制度)など制度を増やして、一人でも多くの子どもが温かい環境で過ごせるようなシステムを創っています。

委託率トップは新潟

新潟では、里親の相談会の回数を増やしたり、里親の不安をなくすために伴走制度を作ったり「チームで子育て」を掲げ、里親委託率を6割にまで伸ばしました。

少子化対策を声高に叫んだところで、子どもの数が急に増えることはありません。子育て世代への支援ももちろんですが、親元で暮らすことができない子どもたちが、温かい環境で育つための支援もとても大切なことです。

子育てはチームでやろう!

シングルマザーとして4人の子どもを育てる中で、例えばショートステイ里親のように維持的に子育てを手伝ってくれる制度があればどんなに気持ちが楽だったかと思います。いつもと同じように歩いて学校に行ける距離にサポートしてくれる人がいてくれたら、どんなに心強いことか・・・・。

神奈川の子どもたちが笑顔で暮らせることは、神奈川の親御さんたちも笑顔でいられるということ。そのための制度改革、頑張っていきたいです。

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都筑区と介護施設の話。

都筑区は横浜市18区の中では、高齢化率は18位で12.1%。高齢者数も17位と低いのですが、年々単身高齢者や高齢者のみの世帯の数が増加しているのが特徴です65歳以上の転入は横浜市の中でトップ。75歳以上の転入も横浜で一番です。実は65歳以上よりも75歳以上のほうが転入の割合が高くなっています。高齢者施設の定員数は、高齢者率の最も高い旭区、青葉区に次いで3位。老人保健施設や有料老人ホームが他の区に比べて多いのです。

比較的設置年数の若い施設が多く、新しく設置される有料老人ホームなどもあります。

そこで、介護施設をいくつか訪問してきました。

まずは仲町台にある特別養護老人ホームは、建物はまだまだ新しく、スタッフの方々の感じも良く、教育も行き届いているようです。特別養護老人ホームは従来型といわれる1室に2~4名が入居しているものと、ユニット型といわれる1室1名の利用で、10名程度の少人数単位で介護をするスタイルの2つがあります。仲町台の特別養護老人ホームはユニット型。一人一人の意思を尊重する介護がユニット型の特徴ですから、介護を担うスタッフの方々の負担は大きかろうと思いますが、入居しているみなさんにとっては暮らしの延長として利用されているのだろうと思いました。

センター南の駅から徒歩数分の有料老人ホームと、仲町台の大手が経営する老人ホームにも訪問してみました。いずれの施設も、掃除も行き届いており、施設設備としてはとても充実されているように思います。ただ、どちらの施設も人手不足には悩まれておられるようでした。

よく介護人材を増やすには処遇を上げないといけないという議論があります。しかし介護人材の離職理由のトップは「人間関係」。待遇を改善するだけでは介護の人材不足は解消できないのです。現場をよく知って、必要な支援をすることが実はできていないのが介護政策でもあります。

また、施設型介護は制度が複雑化しすぎて、利用する方々にとってはわかりにくくなっているのも課題です。有料老人ホーム、老人保健施設、特別養護老人ホーム、小規模看護多機能居宅介護支援、グループホームなどたくさんの種類がある介護施設から選び取るのはとても難しくなっています。これはもっと整備し、わかりやすい体系へと変えていくことが望まれます。

加えて、介護施設は同じように見えて経営する側の意思でまったく様相が違うものです。利用者中心の施設もあれば、働く人の働きやすさを優先させる施設もあります。利用者への介入が多い施設もあれば、比較的自主性に任せている施設も。ケアマネがすべて把握できているわけではないですから、利用者と施設のマッチングもIoTを使ってより合理的に的確な出会いを創っていくことが必要でしょう。

介護の現場は机上からは見えないものです。

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